母と子。私たちの距離感。
2023.01.23
少し前に、ちょっと遠出して旅に出ました。(といっても一泊ですが)
箱根の彫刻の森美術館にて。
たまたま撮ってもらったこの写真が、お気に入りの一枚になりました。
少し前までは、息子は私に対して、抱っこ抱っこと要求し、ピッタリくっついて離れようとせず、肌身離さず!!という感じが、時折苦しくも感じていました。一人で遊ぶこともなかなかできなくて、保育園以外の時間は、ずーっと一緒に過ごしていました。
私は、
叫びたくなって(あ、叫んでたか。)
泣きたくなって(あ、泣いてたな。)
暴れたくなって(息子が絨毯に座っているまま、その絨毯ごとひっくるめて投げ飛ばしたこともあったな・・・・)
保育園の先生には、前々から「3歳までには失恋させてくださいね。」と。
そう言われていたのに、失恋ってどういうこと!?私に恋をしているのかこの人は!?という感じで、どうすれば良いのかもわからず・・。育児本を読み漁ったり、先生に相談を続けてみたり、色々な方法を試してみたりもしたけれど、なかなか状況は変わらず、なかば諦めていた頃。
彼は、アンパンマンに出逢ったのです。
それは昨年10月末のこと。東京の昭和女子大学人見記念講堂という大きなホールで、アンパンマンミュージカルショーを観劇したことが、彼の三年間の人生の中で大きな転機となりました。
保育園の廊下にぽつんと置かれていたアンパンマンミュージカルショーのチラシを発見した私。へぇ。こんなショーもやっているんだね。どんなものかせっかくだから行ってみる?という軽い気持ちでチケットを予約したその時の私は、まさかここまでのことになるとは思ってもみませんでした。
これまでアニメのキャラクターとしてぼーっと見つめていた人物たちが、目の前に立体となってこの世に存在し、喜怒哀楽が入り混じったドラマティックなストーリーを届けてくれる姿を劇場で目の当たりにした彼は、「アンパンマンは生きてるんだ。自分もアンパンマンになれるんだ!」と、確信したのです。
たまたま数日後にハロウィンパーティーがあったので、そのために用意したアンパンマンコスチュームは、コスプレという域を軽々と飛び越えて、日常着となっていきました。上下一着ずつではとてもじゃないけれど洗濯が追いつかず、上下二着を用意して、それでも毎日毎日洗濯するのでフェルトは毛玉ができ、生地もボロボロに。マントも毛玉取りでゴシゴシするので、どんどん生地は薄くなってきました。それでも、嬉しそうに毎日同じお洋服の上下、マント、手袋、長靴を履いて、意気揚々と保育園へ出かけるのです。
最初のうち、通りすがりの人や同じ保育園のお父さんお母さんたちは「・・えぇ!?」と二度見。時には「今日は何かイベントがあるのですか?」と聞かれたり。
しばらく経って本人が小慣れてくると、あまりにも自然にアンパンマンが歩いているので「アンパンマン、頑張ってね!」と声をかけてもらったり、なかなか目立つので道の向こうからも「おーい、アンパンマン、おはよう!」と声をかけてもらったり。工事中のおじさんたちは初めはギョッとした顔で見ていましたが、次第に「今日もアンパンマンが来たぞ!」と手を止めて見送ってくれるようになりました(笑)
その度に、彼は静かに喜びを噛み締めるのです。
僕は今、アンパンマンになっているんだ!と。
家での過ごし方は、とある日は部屋のカーテンを全て閉めて真っ暗にしてから懐中電灯で一箇所の壁だけを照らし、その前に立って(もちろん全身アンパンマン)、アンパンマンの音楽を大音量で流しながらひたすら踊ります。観客は一列になって椅子に座り、黙って観劇させられるのです。(観客は、私と家じゅうのぬいぐるみたち)。
またとある日は、家全体が劇場となって、沢山のアンパンマンの仲間たち(ぬいぐるみ)が登場。色々なストーリーが繰り広げられます。この時は一人で何役も演じ分けていて、声色も変わるし、性格もきっちりとキャラ設定通りで進行しています。
集中が高まってくると、ご飯も食べないしお風呂も入らないし、私がどんなに大きな声で話しかけても聞こえないようです(いや、本当は聞こえているのだけど完全無視をつらぬいている)。
こんなにも熱中できるものが見つかってよかった。
彼にとって、新たな心の支えができてよかった。
このブームがいつかピタッとやんで、きっと他のものに興味は移っていくのだろうと予想はしています。でもそんな日がもう少し先であってほしいなと心の中で願ってしまうのです。
(だって先日、意を決してミシンを購入!次はカレーパンマンの衣装を隙間時間にせっせと作っているところなんですもの!(笑))
私のことしか見えていないような狭い視野だったのが、少しずつ広がっていくことに、ほっとしています。
子育て四訓として、このような言葉を聞いたことがあります。
1.乳児の時は、肌身離さず
2.幼児の時は、肌を離して手を離さず
3.少年の時は、手を離して目を離さず
4.青年の時は、目を離して心を離さず
今、息子は幼児だから「手を離さず」と書かれていますが、冒頭に載せた私のお気に入りの写真は、手を離して、目も離していました(笑)
もちろん、色々なシチュエーションで手を離せないことは沢山あります。叫びたい時も泣きたい時も沢山あります。
それでも、心にゆとりをもって、私はのびのびと笑顔で歩いていること。それを息子なりの心地よい距離感でのびのびと彼らしくいること。お互いに存在をしっかり感じながら、それぞれの心にある自分の世界も充実させられたら、最高だなと思う、今日この頃です。
すみ花