Nonogatari

心の余白

2026.08.14

三人の母になり、日々てんてこまいではあるけれど、予想していたよりもなんとかやっていけそうだ、良かった〜と思っていました。身体は元気だし、毎日たくさんご飯を食べられているし、熱が出たりもせずピンピンしていると思っていました。子どもたちもみんな元気で良かった〜と思っていました。

だけど、まず昨日のことが思い出せないし、時折、何のために自分は今生きているんだろうとふと涙が流れそうになるし、友達から届いた「元気〜?」という連絡も「うん、元気!」と頭の中で返信しておしまいになっていたし、子ども達のたくさんの予定をあれこれ手帳に書いておいたのに、その手帳を開いて見るのを忘れて予定をすっ飛ばしてしまったり。そんなことが続いていくとだんだん麻痺してしまって、まぁ・・こういうものなのかな・・・と思っていました。

でも

「いや、そういうものではない!」

と今ようやく気がついたので、
急いでパソコンを開いて、ののがたりを書きたいという衝動にかられている今です。
長男6歳(もうすぐ7歳)。小学生になって初めての夏休み。周りを見れば自然豊かな場所へ長期で旅行に行ったり、いろんな経験の機会を与えてもらっている子どもたちが大勢。私も何かしてあげたい、なんとかしなきゃと焦りが募り、一生懸命調べた”幼児も乳児も一緒に行けて小学生も楽しめる都内の川遊び”を実行するべくとある場所に家族で電車で出向いたところ・・・迎えてくれた川はなんと抹茶色・・・! 家族全員この衝撃の光景に絶句(笑) 。 私がうなだれて無言で引き返そうとするので、みんなが「・・・よ、よし・・・は、入ってみよう!」と意を決して川遊びを始めたのでした。
ネットで出てきたあの透明の川はなんだったんだ、ザリガニも小魚も泳いでいるあの自然豊かな光景はどこいったんだと心の中で憤慨しながら、目の前では男三人が抹茶色の川の中で唯一見つけたアメンボを必死で捕まえようとしている光景が。なんだかとても気の毒な気持ちになりました。消化不良で終わった家族と過ごせる数少ない休日。
翌日からまた都心のコンクリートに囲まれた生活のなかで、また子ども達になにかしてあげなきゃ・・という焦りがまた募る。そんな日々でした。

いよいよお盆休みということで、長男は昨日から従兄弟や祖母の家にお泊まりに行かせてもらうことに!家の中から人数が一人減ると、すーっと風が通り、なんだかしーんとして空気がガラッと変わりました。同時に私の心の中にもすーっと風が通りました。そして心が喜んでいるのがわかりました。息子と離れられて嬉しいのではありません。毎日毎日小さなことでガミガミと怒り散らしてその度に萎縮してしょんぼりし、どんどん傷ついていく息子の姿を見なくていいことに、心からホッとしました。
毎日子どもたち全員と一緒にいることだけが正しいのではないと感じました。
一人の時間を確保することに後ろめたい気持ちになっていたけど、そんなこと思っている場合じゃなかったと思いました。自分の心に余白をもつことで、ようやく物事に流れができて回り始めることがわかりました。そんなこと当たり前と思われるかもしれないけれど、やっと自分自身でそれを実感できた喜びを書き残しておきたいと思いました。なにより、普段はありがたいと思えなかったことが「なんてありがたいんだ!」と感じられるようになりました。もう自暴自棄はやめて、ささやかな幸せに感謝して過ごしたいと思います。もしかしたらすぐにこの気持ちを忘れてしまうかもしれないけど、そうしたら自分で書いたこの文章を読み返して思い出します。

世のお母さんたちに限らず皆それぞれ、置かれた状況、色々な悩み、あると思います。

もしこの日記を読んでくださっている方のなかに、「私のことはいいから」という気持ちを持っている方がいらっしゃるとしたら、5分で良いので深呼吸して自分の心が喜ぶことをしてみませんか?

・・と、呼びかけてみましたが、何だか全然説得力のない怪しい自己啓発本のあとがきみたいになってしまいました(笑)うまく書けなかったけど、完璧を求めるのはやめて(そもそも完璧ってなんだ)、今できる最善を恥ずかしがらずに見せて、少しずつ自分の気持ちもアウトプットしながら、ボロボロの魂に磨きをかけて成長して行きたいと思います!

2026夏。謎の宣言でした。