Nonogatari

今、思うこと。

2016.11.16

 

先日、明治座にて。

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『祇園の姉妹』を観劇。

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檀れいさんの優美でたおやかな存在感は、やっぱり唯一無二。
どこを切り取っても美しくて、そのうえ生命力に溢れている。
剛力彩芽さんの初々しい逞しさが役にぴったりとはまって気持ちが良い。
そして適材適所の素晴らしい俳優の方々。

原作は、大好きな溝口健二監督の「祇園の姉妹」。
やっぱり良い作品はどんなに年月が過ぎても鮮やかなのだなぁ。

 

[明治座]は大好きな劇場のひとつ。

客席で自由に呼吸が出来る。
幕間は旅気分でお弁当を広げて、ワイワイガヤガヤ。2幕目に入ってもまだそんな余韻を残しながら、次第に物語に引き込まれてゆく。そんな空気がとても好き。

 

 

 

わたしは「舞台」がもちろん好きだけど、「劇場」という空間に惹かれているのかもしれない。劇場に一歩踏み入れば、必ずその日その日の熱気が生まれている。それは一人一人のお客さんがつくっているもの。だったり、作品が空気をつくっていたり、その日のお天気が影響していたり。生まれては消え、生まれては消え。そうして積み重なったものが目に見えなくとも、必ずそこに在る。沢山の心が詰まっている。

 そういえば父が言っていたっけ。

「必ず一番に楽屋に入って、舞台の神様に手を合わせて祈りなさい」と。

公演中それだけは守っていたなぁ。(あ、寝坊した日もあったっけか)
本当に、劇場には神様がいるんだと感じていたから・・。 

 

 

 

 

そして、昨日の夜は[国立劇場]へ。

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『花柳典幸の会』
(典幸先生には日舞の名取試験の際に大変お世話になった)

 

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これまた券封筒が格好良い!
(これは彫刻家 平櫛田中(ひらくしでんちゅう)の『鏡獅子』かしら?と思って調べてみたら、やっぱりそうだった!国立劇場の大劇場には実物の彫刻が飾られているそう。今度じっくり観に行ってみよう。
たまたまテレビで知ったのだけれど、でんちゅうさんは6代目菊五郎さんをモデルにした『鏡獅子』を彫るために、劇場に20回以上も通ったのだとか。その上、衣装の上から見たままの鏡獅子では本物にはならないと、本人を呼び、裸になってもらったのだとか。身体の動きや筋肉の位置などを正確に捉えてこそ本物が出来るそう。はぁ、凄まじい。)

 

さて、この会で典幸さんは「吉原」を題材にした演目2曲を踊られた。
一曲は素踊り(完璧な衣装や鬘をつけずに踊ること)で、もう一曲はまさに吉原の太夫の姿で。男性が演じているのにどうしてこんなにも愛らしく気高く舞えるのだろうと、あっけにとられてしまう。顔の表情で魅せるのではなく、その奥にあるもの。それに感動する。限りなく削ぎ落された中にあらわれる、人間の繊細なひだに包まれた「情」が踊りとして表現される凄さ。三味線の、鼻濁音のような空気にねっとりと染み渡る独特の音色。間合い。広がる景色。どれをとっても美しい。と感じる。 

 

 

海外の人と話しをする時、自分は[日本舞踊]や[茶道]が好きだということを話すと、必ず「もっともっと詳しく教えて!」と興味を示してくれる。日本の伝統的な文化は " So cool ! "らしい。そんな時、英語で魅力を存分に伝えられたら良いのだけれど、せいぜい内容をうすっぺらく説明できるくらいで、心髄を伝えることなんてできっこない。せっかく海外に行って、日本の文化を伝えられるチャンスがゴロゴロあるというのに、とても残念だし、恥ずかしいし、悔しい。
いやいや、よく考えたら・・日本語だとしても伝えられないんじゃないか?

 

知らないことだらけ、わからないことだらけ。

 

だけど、日本の古来からの文化や芸能は受け継がれるべきものだと思う。
時代は移り行けども、本当に良いものはなくならないと思う。
人間にしか成すことができない業は、あると思う。
ロボットに出来なくて、人間に出来る事。
ぜったいある。
それを探したいと思っている。

 

sumika